CIA X-Files / CIAのXファイル

Reference – https://www.cia.gov/news-information/blog/2016/take-a-peek-into-our-x-files.html


モルダーが入手を熱望するCIAのトップ5ドキュメント
  1. 東ドイツから空飛ぶ円盤に関する報告書(1952年)
  2. Source URL – http://www.foia.cia.gov/sites/default/files/document_conversions/89801/DOC_0000015464.pdf

    分類
    中央情報局(Central Intelligence Agency)
    外国文章またはラジオ放送からの情報
    REPORT NO.No.00-W-23682CD No.
    COUNTRYドイツDATE OF INFORMATION1952
    SUBJECT軍;科学DATE DIST.1952年8月23日
    HOW PUBLISHED日刊新聞NO. OF PAGES2
    WHERE PUBLISHEDアテネDATE PUBLISHED1952年7月9日
    LANGUAGEギリシャ語SOURCEイ・カシメリニ
    これは審査されていない情報である。

    東ドイツの空飛ぶ円盤

    ベルリン、7月–目撃者であるオスカー・リンケ(Oscar Linke)-年齢48歳、ドイツ人、前グライマースハウゼン(Gleimershausen)市長-の宣誓証言が提供され、西ベルリン情報部員は 非常に珍しい空飛ぶ円盤(flying saucer)に関するストーリーの調査を始めた。このストーリーによると 巨大に空飛ぶ鍋に似ている、直径約15メートルの物体(object)がドイツのソビエト領域の森林開拓地に降りたった。

    リンケは最近妻と6人の子供達とともにソビエト領域から逃れてきた。

    リンケと彼の11歳の娘ガブリエラ(Gabriella)は先週、判事の前で次の宣誓証言を行った:”私がガブリエラとともに帰路についている時、私のオートバイのタイヤがハッセルバッハ(Hasselbach)の近くで破裂した。私達がハッセルバッハに向かって歩いている時、ガブリエラが私達から約140メートル離れた場所にある何か(something)を指差した。黄昏時であったので私は娘がシカの子を指差したと思った。”

    “私はオートバイを木のそばに残して、ガブリエラが指した場所へと向かった。私がその物体から約55メートルまで近づいた時、私は私の第一印象が誤っていることに気がついた。私が見たのは今や私から約40メートルの先にいる2人の人間(two men)だった。彼らは何か輝く金属のような服を着ていた。彼らは屈みこみ地上に横たわる何かを調べていた。”

    “私は彼らから約10メートルの距離まで近づいた。私は小さなフェンス越しに見て、その時私は直径が13メートルから15メートルと推定される巨大な物体に気がついた。それは巨大なフライパンのようであった。”

    “その外面に円周約30センチメートルの穴(複数形、holes)が2列あった。2列の離れは約50(45?)センチメートルであった。この金属物体の頂点は高さ役3メートルの黒い円錐状タワーであった。”

    “その瞬間、私の少し離れて後ろにいた私の娘が私を呼んだ。彼らはすぐにその円錐状タワーに飛び乗り内部へと消えたので、彼ら2人は私の娘の声を聞いたに違いない。”

    “2人のうち1人が彼の体の前部に規則的に点灯するランプを持っていることに私は前から気づいていた。”

    “その穴のある物体の側面が開き、輝き始めた。その色はグリーンであったがその後赤に変わった。同時に私は小さい雑音(hum)が聞こえ始めた。明るさと雑音が増している間、円錐状のタワーは物体の中心へと滑り落ち始めた。物体全体はその時ゆっくりと地上から上昇し始め、コマのように回転し始めた。”

    “それはまるで物体の頂点から下降し中心を通ってそしてその底部から現れる地上の円筒形状設備に支持されているかのように私には思えた。”

    “その物体は光のリングに囲まれて地上から一定の上空にいた。”

    “物体全体がゆっくりと地上から上昇していることを私はその時気がついた。円筒形はその中心内へと消え、物体の頂点に再び現れた。”

    “上昇速度は早くなった。同時に私の娘と私は爆弾が落ちた時のような風切音(whistling sound)を聞いた。”

    “物体は水平位を取り、近隣の町の方へ向きを変え、そして高度を上げ、シュトックハイム(Stockheim)の方向へと高原と森林を抜け消えた。”

    リンケと同じ地域に住む多くの人々は後から彼らが見たものは彗星であると思ったと語った。羊飼いはリンケがいた高原から低空で移動する彗星を見たと思ったと証言した。

    判事に宣誓証言を提出した後、リンケは次の通りに語った。”もし次の要因がなかったら私の娘と私は夢を見ていたんだと思ったであろう。:物体が消えた時、物体があった場所に私は向かった。私は地上に円状の穴を見つけ、それは明らかに掘ったばかりのようであった。それは正確に円錐状タワーと同じ形であった。私はその時夢を見ているのではないと確信した。”

    リンケは続けた、”私がソビエト領域から西ベルリンへと脱出する前、私は’空飛ぶ円盤’との用語を聞いたことはなかった。私がこの物体を見た時私は直ぐにそれは新しいソビエト軍の乗り物だと思った。”

    “ソビエトは誰にも彼らの仕事について知らせたくなかったので私は恐怖に襲われていたことを私は認める。人々が多くを知ることになるため、東ドイツの多くの人々は長期間にわたって彼らの移動を制限されていた。”

    – 終わり –

  3. UFOに関する支部長会議の議事録(1952年8月11日)
  4. Source URL – http://www.foia.cia.gov/sites/default/files/document_conversions/89801/DOC_0000015441.pdf

    支部長会議の議事録
    1952年8月11日

    会議はMr.スティールのオフィスでMr.サリヴァン、議長、Mr.アハーン、Mr.バーナード、Mr.エングル、Dr.フェアチャイルド、Dr.フォンディラー、Mr.ゴードン、Dr.ハーキンおよびMr.ラジャラ参加のもと08:35に開かれた。

    会議はMr.サリヴァンのプロジェクトは”空飛ぶ円盤”に関してP&E部門で開始されるという発言で始まった。
    Dr.オダレンコによって今回のプロジェクトは立場を明確にし、求められるであろう意見を構成する許可をその部門とオフィスに与えるというそれら課題に関するファイルを維持するために立ち上げられたと提言された。

    ATICは空飛ぶ円盤を調査し、記録する業務を担っている。CIAのために情報を収集する責任を負っている。P&E部門の全てのメンバーはこのブロジェクトを検証し、この課題に対してどの様な貢献ができるか検討する

    個々の支部は代表者を指名する:Mr.エルビィは物理、Mr.バーナードは電気と通信。

    レイ・ゴードンはP&E部署のプロジェクトオフィサー。Mr.[読み取れず]はORPで誰がプロジェクトを扱うか決定する。Mr.[読み取れず]は気象学、レーダーおよびその他の科学分野で得られてきた知見の歴史を調査。彼はATICからレポートを受け取り、我々は最新の状況を共有する。

    Mr.スティールはP&Eが我々に寄せられた質疑に答える立場であるのか知りたがった。ATICが参照目的用の標準フォームを有しているため、リクエストは彼らへの照会を通して答えられるであろう。空軍は彼らに寄せられる質問を調べるための現地の代理者を有している。ATICは世界全体をカバーしていると考えられている記録を有している。

    A-2のスペシャルオフィサー、Mr.S.ポソニーはこの問題に何らかの貢献ができるかもしれないと言われている。Mr.サリヴァンはMr.ストロングが費やした5年間の概要を示す[読み取れず]。

    現在協議されるべき問題は特に無く、会議は一時休止された。


  5. スペインと北アフリカ上空で報告された空飛ぶ円盤(1952年)
  6. Source URL – http://www.foia.cia.gov/sites/default/files/document_conversions/89801/DOC_0000015465.pdf

    分類
    中央情報局(Central Intelligence Agency)
    外国文章またはラジオ放送からの情報
    REPORT NO.No.00-W-23759CD No.
    COUNTRYスペイン;チュニジア;フランス領モロッコDATE OF INFORMATION1952
    SUBJECT軍-一般的でない航空機DATE DIST.1952年8月27日
    HOW PUBLISHED日刊新聞NO. OF PAGES2
    WHERE PUBLISHEDタンジェ;アルジェDATE PUBLISHED1952年5月22日-6月16日
    LANGUAGEスペイン語;フランス語SOURCE記されている新聞
    これは審査されていない情報である。

    スペインと北アフリカの空飛ぶ円盤

    バルセロナ上空の煙を引きずる物体–タンジェ、スペイン、1952年5月22日

    バルセロナ、5月21日–新聞社へ向かってホセ・アントニオ通りを横切った時、私はプラット空港の方向から地上約2000メートルを幅広の煙のたなびきを残して高速で飛行する奇妙な物体を見た。それは航空機には見えず(プラット空港もサバデル空港もその物体について何ら認識していない)、そしていわゆる空飛ぶ円盤とも異なり、光を発することなく軸で回転することもなく一直線に進んでいた。その物体は私にはロケットの形に見え、煙は近接した2点から吐き出され一本の流れにまとまった。

    事務所の私の同僚たちは煙は見たがその物体は見ていなかった。約10キロメートル離れたバダロナ上空でその物体は煙の尾を止め、数秒間消え、そして再出現し、再び煙を排出し、数キロメートル遠ざかった。新聞社は間もなくその物体を見た人々からの電話で溢れかえった。我々の友人は煙の尾の写真を撮った。–バレンティン・ガルシア

    その写真にはコーニスの黒い大物体にかかる空よりも日陰の中で明るく、幅が狭くなる綾模様が写っていた。フランシスコ・アンドリューによる。キャプションによると写真は5月17日に撮影されており、レポートの日付は5月21日である。


    チュニジア上空の一般的でない物体–アルジェ、Echo d’Alger、1952年6月4日

    6月3日の20時頃、スースの多くの住民は西から東へ急速に移動し、淡緑色の光を発する飛行物体を見た。


    モロッコ、メクネス上空の空飛ぶ円盤–アルジェ、Echo d’Alger、1952年6月11日

    2人の目撃者が1952年6月7日の13時、メクネス上空に現れた空飛ぶ円盤を報告した。1人は彼は空に超高速で移動する光の点を見たと述べた。彼はメクネス基地近くを飛行するいくつかのT-33航空機と速度を比較することができ、それらは非常に低速に見えた。未知の装置が白い煙の尾を排出し音はなかった。それは徐々に近づき、空に描かれた放物線のようであり、止まって、そして南のイフレンの方向へ消えた。


    モロッコ、タウリル上空の空飛ぶ円盤–アルジェ、Echo d’Alger、1952年6月16日

    1952年6月15日の朝、フランス領モロッコ、タウリルで奇妙な現象が現れた。30秒間、港湾労働者は2つの円形上のひも(strands)に囲まれていてその後方から煙を吐き出している白い火炎の円盤を見た。その炎の物体は地上方向に移動しているように見え突然消えた。


    カサブランカ上空の円盤–アルジェ、Echo d’Alger、1952年6月16日

    メクネス、マラケシュの後、1952年6月15日空飛ぶ円盤がカサブランカで確認された。元パイロットのアンドレ・アソリンによって確認された。気象庁はカサブランカ上空でこの一般的でない物体は確認されていないと述べた。

    – 終わり –


  7. 空飛ぶ円盤報告の調査(1952年8月1日)
  8. Source URL – http://www.foia.cia.gov/sites/default/files/document_conversions/89801/DOC_0000015341.pdf

    非公式
    副アシスタントディレクター/SI
    代理局長、武器・装備局
    “空飛ぶ円盤”
    1952年8月1日

    1.空飛ぶ円盤と関連レポートの全体評価に関するあなたの要求に従って、次が関連事項である。

    a.ATICが受け取った1000から2000のレポート中、大多数が明らかに偽物である。同様に大多数は現在運用されている米国の装備(航空機、気象観測気球等)として充分に説明可能であり、その他多くは疑いなく自然現象(隕石、雲、逆転層や反射による光の収差等)である。

    b.現時点で100以下のレポートが合理的に信用でき、”説明不可能”として残る;それらレポートには、特定のサイズ、形状、特性、パフォーマンスまたは場所のパターンがない。それらレポートのソースは殆どの場合他のカテゴリーのソースと比較して同等またはそれ以下の信用度である。現在”説明不可能”なレポートの完全な情報が利用可能であったら、それらもまた上記”a”のカテゴリーとして評価される可能性がある。

    2.前述の暫定的な事実にもかかわらず、一連のレポートが”説明不可能”(検討から全面的に除外されない、惑星間の面および異星人起源)として残る以上、情報は議題の対象とし続ける注意が求められる。

    3.ATICの主要関連機関と協調の下、本議題のCIAの調査を継続することを推奨する。しかしながらそのような関心を米国政府の管理下の非公開事実の健全性の確認として受け止める彼らのもっともらしい人騒がせな傾向を考慮して、CIAの関心や懸念の兆しが新聞社や公衆に悟られないよう強く勧められる。

    4.署名者は1952年8月11日のこの議題に関連する綿密かつ包括的なブリーフィングについてオハイオ州のライト・パターソン空軍基地の航空技術情報センター(Air Technical Intelligence Center (ATIC))の司令官と調整する。全ての詳細情報を得た後に、詳細分析が準備され進められる。

    エドワード・タウス(EDWARD TAUSS)
    1952年7月29日
    DD/I
    AD/SI
    DAD/SI
    P.G.STRONG
    F.C.DURANT
    H.CHA[読み取れず]
    M.J.GARDER
    J.B.QUIGLEY